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【2017/09/26 09:11 】 |
自身を実験体として見た、ベーシック・インカムの未来
働かなくても生きて行ける程の餌を与え続ければ、例えそれがギリギリの生活だとしても、人間は腐る。
*腐る-食べ物が細菌の作用によって変質し、食べられなくなる。腐敗する。いたむ。

腐るとは上記を表すが、ここで言う腐るは、ただ生きているだけという無気力化である。
この状態に陥っているかどうかを知るには客観的視点が必要だが、その分野においてそれほど難しい部類ではない。自己嫌悪に陥っているなら、あなたはもう気付いているか、気付き始めているだろう。
これは今まさに、現在進行形で筆者が感じている心情である。

人類の基準、とまで大袈裟なことは言わないし、もしかすると筆者が特別怠惰な性格という可能性もあるが、これは大部分の人に当て嵌まるという感覚は、それほど外れていないだろう。

先に述べたように、腐るという感覚を覚えるまでは直ぐだ。しかし次の段階を経るには、少々時間を必要とする。
それは、このような想いをしているのは、養って戴いている恩を忘れて飼い主の責任だという根も葉もない恨み、それが誤りだと気付くことである。ここに至る際はもう一段階檻を拡げて、少し上空から自分を眺める必要が出て来る。

さて表題についてだが、ベーシック・インカムには、この生かさず殺さずに近い状態を創出する可能性が大いにある。それも一国の国民すべてを巻き込むという、大変な規模のものだ。
与えられることが当然、また飼い主クラスも同様に享受出来ることから、心境に若干の違いは生まれるかもしれない。
しかしそれでも、筆者のような順序を辿るものが続出するのではないかと推察する。
これは大変時間の無駄である。

人間は論理・効率的に動かない。もしその様に設計されているのなら、生まれた瞬間から夢を携え、一心不乱にその為だけに人生を全うしただろう。我々は無駄から学び、だからこそ時間は尊く、だからこそ同じ人間同士で差が生まれるのである。
果たして算数・国語のように、「飼い主を恨むのはお門違いですよ」と全国民へ自主的に気付かせる為の政策を、施行する必要があるかという問に対しては、甚だ疑問である。


無駄な管理業務を撤廃することに依り、本来掛かったであろう人件費を国民へ還元、若しくは別の政策の費用に充てるという試みは、素晴らしいシステムと感じている。
今回筆者が述べたのは、人間は凡そ思ったとおりに動かない、何故社会主義が失敗したのかということに他ならない。
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【2011/06/14 08:11 】 | 政経 | 有り難いご意見(0) | トラックバック(0)
2010年07月、参院選を通じて感じた事
もし、日本が出来たばかりの国で、これからみんなで国造りを始めようという状況なら、果たしてどんな政策が有効か?


この視点から各党のマニフェストを見比べた方はいらっしゃるか?これは、これまでに構築された既得権等を無視出来る理想論であるが、『本来政治ってそういうもんじゃない?』と思ってしまうのだ。確かにある程度の「しがらみ」は残ってしまうだろうけど、それを最小化する事が如何に重要かは、今更論じる必要もないだろう。

つまり逆算的に理想国家をまず造り、それと見比べて不必要なものを徐々に排除する、まさにAppleが自社製品に行っている改革である。これが世に言われている構造改革・・・果たしてそうであろうか?矢張り現在の構造改革でさえも、「仕方ない」という空気が漂っていやしないだろうか。

そう言った意味で僕は、現在の日本は美しくないと感じる。
当ブログが建国物語と冠しているのも、これに依る。


さて、ではどうして近年、構造改革が声高に叫ばれているのか。それを行わなければ、日本がヤバい、牽いては自分自身・周りの者の生活が困窮するという、肌感覚に似たモノがあるだろう。これに関して現在筆者も、果たしてどうヤバいのか、実は明確に示す事が出来ない。ただこの「ヤバい」という感覚は日本国民の確信に変わりつつあるので、近い将来、望まなくても実現されるであろう。


僕は一つ、ある提案をしたい。
どの政党を支持するかは、その政党がどれだけ自分にとって有益な政策を提示してくれるか、それだけを比較して選択するというものだ。

消費税増税?
→ そんな事されたら食費が余分に掛かる

社会福祉の強化?
→ そんな事したら遊ぶ金が減る
→ それをしてくれれば、現在高齢の私は非常に助かる

と言った具合に。

若肉老食

こんな言葉が、近頃世間の波間に漂っている。
老人がお金を貯め込み、若い世代がひもじい想いをしていると。
老人が貯め込んでいるお金を若い世代に流せと。

違う。違う。
そんなのは問題じゃない。

問題は若い世代の我の弱さだ。
老人が迷いなく、将来の日本なぞ知った事かと、自身に有利に働く政党を支持する中で、若い世代は『でも将来を考えると』なんて迷いながら、滅私奉公で将来のための政策を支持する。

これで勝てるものか。

アイデンティティー、プライバシー問題が取り沙汰される現在で、何を、蓋を開けてみれば我が強いのは老人であったという茶番だ。

僕は何も老人が悪いと皮肉ってるワケではない。
自身に有利に働くモノを迷いなく選択するというのは、謂わば当たり前の事だ。

『モラルはないのか?』

モラルがそれほど問われる問題でもないだろう。若い世代にしたって、これから確実に訪れるであろう20年後を見越して、実は自分が可愛いという想いから始まった行動に過ぎない。

そろそろ自覚するべきだ。
我々ワカモノは、圧倒的に不利な状況に立たされている事を。
我々が叫ぶ「将来の為の増税」、この社会企業的な美しい精神を老世代が理解してくれれば、理想の国が実現するという幻想をぶち壊す事を。

先も述べたがこれは美しい精神ではなく、我々ワカモノの為の政策なのだから。
思っているよりもこれは、そう、戦争なのである。


もう一点。
とても気になる感覚がある。
どうも皆さんの視点が、現在から観た未来に偏り過ぎている事だ。

将来30年後に現在の日本を振り返ったとき、『何でこんな事をしているんだろう?』という事が山程ある。
今を起点に始めるな。現在の状況を考慮すると仕方ないという言葉を捨てろ!
だって若者は皆、将来の自分の為に、改革を支持しているんだろ?
【2010/07/17 03:16 】 | 政経 | 有り難いご意見(0) | トラックバック(0)
マジョリティーとしての起業・海外進出
※「マジョリティー:majority」という単語を英和辞典で引くと「多数派」と出てくるが、
筆者はここで「常識的な選択」というニュアンスとして用いる。


  • 起業したい

  • 海外進出したい


  • この様な言葉の背景には少なからず、
    【安定を求めサラリーマンとなるよりも、夢・志を持ってやりたい事をしたい】
    というものがあるだろう。
    僕も同様の想いを抱いて昨年2009年、初めて海外を訪れた。
    古来より男性は石橋を叩いて渡る堅実さよりも、危険を顧みず背水の陣で挑み続ける生き様を好む。

    しかし最近僕の中で「起業・海外進出」に対する想いに変化が現れた。
    果たしてそこには、会社に勤める場合よりも多くの「夢・志」は必要なのだろうか?


    ソフトバンクの孫正義氏や、Appleコンピューターのスティーブ・ジョブス氏のプレゼンを目にすると、『あぁ、企業家って本当に素晴らしいな』という感想を抱くだろう。
    僕もその一人ではあるのだけれど、申し訳ないが大多数の企業家にそれほどの志はないと確信している。
    必要ないと言った方が正しいかもしれない。


    ■何のために海外進出するのか?


    現在の日本で暮らしていると、或いはその「夢・志」が、起業・海外進出する際に必要条件となるのかもしれない。

    これは僕の2009年までの感想だが、世間で騒がれるほど生活の為の給料を企業から戴く事は困難な道ではないからだ。ここには派遣切りにあった方々と随分大きなギャップがあるかもしれないが、職種を選ばなければ、日本にはまだいくらでも生活するに困らない程度のお金を得る手段が残されている。
    しかし2015年、2020年に同じ事を口に出来るだろうか?

    ご承知の通り、2006年から我が国の人口は減少に向かった。
    さすがに危機感を抱いている方はかなりの数いらっしゃるが、それでも僕に言わせるとまだ足りない。ハッキリ言えば国民全員が危機感を持たなければならない様な事態である。

    人口が減少すれば、全体として見ればどう計算しても顧客が減る。そして消費の主役とも言える労働人口が減少し、その人口のパイが65歳以上の高齢者に流れている。
    数字で見る人口の減少数以上に、「モノは売り難くなっている」。

    国内の市場が縮小するなら、必然と海外に顧客を求めるようになる。
    それは『もっと会社を大きくしたい』とか『海外に携わる仕事をしたい』という情熱から来るものではなく、【生活するために】という必要最低条件から生まれ始める可能性がある。


    ■起業は必要か?


    こちらに関して、実は大多数の方には必要ないと考えている。

    第一に、起業までしなくとも海外に活路を見出した起業で被雇用者となれば良い。
    若しくは外国企業に直接雇って貰えば済む話だ。

    第二に、『4人に1人が社長なんてワケ分かんない社会になっちゃうよ』という常識を皆信じてしまっているから、そもそもそんなに多くの起業家は生まれないと踏んでいる。


    サラッと言って除けたが、第一条件の対象となる方々は一体どれほどいるだろうか?現在の就職状況よりも厳しくなる事は、容易に想像出来ると思う。
    つまり逆説的に必要だと申している訳で、第二条件、そして「雇用されなければ生活する為のお金が無い」という常識すら打ち破る必要がある。

    また、『こんなアイデアを思い付いていたのに気付いたらヒット商品になってた』
    という方はいないだろうか?
    現在の世の中は本当に色々な事象が早く起こってしまう。
    ちょっとしたアイデアを並行して進めていく事で、「生活の足し」になる可能性は大いにある。


    ■マジョリティーとしての起業・海外進出


    ここまで読んで頂ければ、僕が何を言いたいかご理解頂けただろう。
    従来の「起業・海外進出」のカッコ良いイメージを損ねるかもしれないが、
    それは【サラリーマンとして安定を求める生活】と何ら変わらない。

    「起業=成功」
    この様なイメージとしての方程式は、近い将来崩れるだろう。

    だから僕は声を大にして言いたいのだけど、『これをやってみたらどうか?』というモノの中から、ベターなモノを選択し起業してみてはどうだろうか?就職の際、大多数の方がベターな会社を選ぶのと同じ様に。

    勿論何も検証せず起業する事は、殆どの場合無謀な行為として完結してしまうであろうけど、現在の就職戦争を勝ち抜く気概をそちらに注げば、より安定した生活を得る可能性も大いにあるのではなかろうか?


    こうして海外進出の声に加担すれば、日本の人口減少、その傾向をより顕著にする手助けをする事になり、日本人で心の痛まない方は恐らく殆どいないだろう。

    しかし憶えておいて欲しい。
    僕等が今まで求めて来た「安定した中流家庭」のマジョリティーは、既に起業・海外進出の中にあるかもしれないという事を。
    【2010/06/19 17:10 】 | 政経 | 有り難いご意見(0) | トラックバック(0)
    不況と閉塞感
    今朝目が覚めてベッドの上でぼーっとしてるときに少し疑問に思ったことがある。
    現在恐らく我々日本人の大部分が抱えている「閉塞感」とは、果たして不況の産物だろうか?
    もしかしたら先に閉塞感ありきで不況が産み出されているのかもしれない。

    ナポレオン・ヒル氏の著書に思考は現実化するというものがある。





    また多くの成功者が、「私は成功を疑わなかった」などの言葉を残している。
    僕自身もそれは感じていて、例え自分がなりたい者を思い描き邁進してもそうなれると信じていない場合、それはじき砂に埋もれていく。
    馬鹿みたいな話し、根拠もなく自分を信じる事が出来れば、つまり自信(確信に近いかな)があればそれは叶う。色んな形の努力は結局方法に過ぎない。

    僕の場合は些細なことだけど、今はウズベキスタンにいる。
    これまで海外に一度も出た事はなかったが、
    「このままじゃ日本はヤバい」
    「外に出ても生活出来る手段くらいは視ておかなければ」
    と、20歳の頃から思っていた。
    それが4年経ったときようやく実現したのは、「僕は今年行く」と確信を持っていたためだろう。

    ここに来る直前はそれを遮る沢山の問題があり、また本当にその時点で海外に出るべきだったかは未だに疑問ではあるけれど、とにかく僕は止まらなかった
    今も(愛想を尽かされていなければw)付き合っている彼女の存在が、たぶんに大きなキッカケだと思うけど、それはなるべくときに然るべきタイミングで現れたと感じる。


    では日本の閉塞感と不況に置き換えてみよう。
    前提として思考があるとするならば、まずは閉塞感が先に立つ。

    バブル崩壊から現在まで、日本では目に見えての進歩というものは、それまでの戦後からの成長と比較すると、ない。
    議論の余地はあるだろうが、「贅沢な生活」という視点から眺めるとバブル前の大富豪とそれ以降の大富豪でさして違いはないだろう。
    つまりバブル崩壊はターニング・ポイントの可能性が高い。
    主題に基づくと、閉塞感はバブル崩壊前、ある意味日本の絶頂期に起こっていた可能性があるという事になる。

    毎日ディスコに行く人、タクシーで隣の県まで移動する人、リムジンの中で美女に囲まれ高級ワインを飲む人が砂漠の砂の様にいる中で、果たしてどうすればそれが起こるのか?
    僕は頂点を観てしまった、これが原因ではないかと考える。

    今の世の中で、社長になり、沢山お金を稼ぎ、毎日リムジンに迎えてもらい、会社の社長室で葉巻を吸うという生活を夢見る人は少ない。少なくともそれがCOOLとは観られていない。
    それを今でも夢見るのは恐らくその時代に生きた人々、40代後半から上の世代と視ている。それも叶わなかった人達の後悔の産物だろう。

    どうしてそれが起こったか?
    人は常に上りの階段を目指す。もちろん一般論だが、大多数に当て嵌まると言っても過言ではない。僕もその一人。
    バブル時代の絢爛豪華な生活以上の生活を出来ている人は、果たしてどれくらいいるだろうか?
    インターネットや新しい商品が産み出されたと言っても、あの金一色のようなキラキラしたイメージを超えるものはないのではないか?

    バブル世代の人々がその生活に耐える事が出来たのは、更に上があると信じたからだ。
    「あなたの能力はここまでです。コレ以上努力しても何も変わりません。」と言われてモチベーションを保つには、何かに取り憑かれでもしない限り不可能だ。
    バブル時代に人々はその啓示を受け、それが伝染し、マスターマインドとなって衰退、もしくは防衛へと進んで行ったのではないかと思う。
    そしてその世代からの教育を受けた僕達「昭和を知らない世代」は、たまにその絢爛豪華な頂点を観ることが出来ればいいと思うようになった。


    つまりバブル期に人々がそれぞれの心の中に頂点を設定することに依り、その延長が見えなくなる。
    そしてそこから産み出された閉塞感が、現在の『景気が上向いたっていわれてもな~』という不況を作り出している可能性もあるのでは。
    そう僕は今朝ベッドの上でぼんやりと思っていた。
    もちろんバブル崩壊までそこから引き起こされた、なんて暴言を吐くつもりはない。影響はあったかもしれないが。

    世の中に政策を提案し重たい日本を持ち上げたいとは思わないが、恐らくこれは少数派の意見なので、ここ視点から何か日本の景気回復に役立つものがないか趣味程度に探ってみようと思ちゃったりする。

    ※追記
    ちなみに、インターネットは世代を分断したと思っている。
    現在の30歳後半(城繁之さん達)から下の世代は、絢爛豪華な生活を求めないまでも、世代を下げる毎にネットの可能性に魅了される度合いが高くなる。
    考えが若者依りの方は45歳くらいまで同様の考えを保たれているという印象だ。
    どちらが良いとは言わないが、世の中は既に「そうなってしまった」ので、僕たちもそれに併せて歩む方が生き易い。
    「どうしてこんなに功を成して来た人と意見が合わないのか?」という状況は、そもそも出発点や時代背景が違うので、よっぽど引き込みたいと思わない限り、お互いに仕方ないと思う方が時間を浪費しなくて済む。
    【2010/05/10 17:04 】 | 政経 | 有り難いご意見(0) | トラックバック(0)
    モノ余りになるカラクリ(考察中)
    ◆デフレギャップ
    デフレギャップとは、供給を需要が下回り、その両者にある差を表す。
    簡単にするため数字を用いると、
    供給=110
    需要=100
    この場合デフレギャップは10となる。
    ※因みにこんな簡単な数字では表されない


    デフレギャップの解消解消と叫んでいる人がいる。
    それが何を表すか、少し考えてみた。
    簡単に言うと「店を畳め」ということだろう。

    『いや、新しいサービスを開発しろってことだろ?』
    という反論はあると思う。
    そしてそれは正しいし、僕も反論の余地はない。斬新で、画期的で、誰もが欲しがるサービスであれば。

    ちょっとハードルを上げたが、実際は少し頭を捻るだけで小銭くらいは稼げると思う。
    「でもあんたやんの?」

    よく海外から安価なサービスが入って来るので、日本企業は立つ瀬がない。という意味合いの事を言うと、
    「サービスは輸入できないよ」
    「日本は技術が違うから大丈夫」
    という声を目にする。
    僕の周りにそんな手先の器用なやついたかな~?と疑問に思う。
    勿論ソニー等に同僚でもいれば視野も広がると思うが、残念ながら僕は超一般人だ。またサービスを輸入しなくても、人を輸出すればサービスを受けられる。

    実際日本企業は今までも、高付加価値を産み続けて来た。だから僕も日本企業が歯が立たないとは思ってない。寧ろまだまだ世界を牽引してるだろう。
    でも、それは僕達の時代で築いた地位ではないし、何より僕の会社でも何でもない。
    誰かがやるよ。確かに誰かがやるけど、その誰かを産み出す分母が縮小してきている。
    言うまでもなく、これは労働人口を指す。


    日本の人口は遂に減少に転じ、僕の予測では労働人口と非労働人口のバランスが取れるまで、日本経済は縮小し続けると思っている。
    (これは多分言われてると思うけど、本当に僕の予測なので詳しい方いらっしゃいましたらツッコンで下さい)
    日本はその後、再び栄華に向かって歩み始めると思うが、その頃僕が生きているかどうかは不明だ。

    お先真っ暗な日本経済だが、これもこの時代に生を受けた宿命。
    僕は楽しく生きる事しか考えてないので、こんなにも興味深い時代を見せてくれた事を両親に感謝してる。
    それは日本の経済ではなく、世界の経済がピークを迎えるかもしれないからだ。

    僕は人口と経済の関係を、経済学的な理論も知らないのに絶対的に信じているけど、2050年、インドの人口増加が減少に転じるとき、世界の人口は初めて減少に転じるかもしれないと言われている。
    それはつまり人類が最も栄える瞬間かも知れず、勿論その後も新しい技術は産み出されるだろうけど、人類が最も地球を埋め尽くした瞬間となれば、その前後に何が産み出されるか興味深々である。
    そして僕もその一人として参加しなければ。

    それまでも世界の経済は発展を続け、常に明日増える人口を見ながら、効率良くモノ作りに励むだろう。
    ここで違和感を持って頂きたいのだけど、日本の人口は既に衰退へと向かっている。日本だって効率化を図り、少ない労働力で明日増える人口を見据えながらモノ作りに励んで来ただろう。
    つまりそれは、もう日本国内にいらないという事だ。

    現在人口が衰退に向かっていると言ってもまだまだキープと言った段階ではあるが、実は知らなかった"デフレギャップ"をネットで検索し、その意味を知ったとき、コレはと思った。
    明日増える人口用に設計されているのだから、フル回転で回したらモノが余るのだ。それはもう海外に向けるべきだし、海外に需要がないなら工場を縮小するしかない。
    酷い事を言ってるが、それは経営者なら当たり前だ。それがイヤならそれこそイノベーションを産み出すしかない。

    デフレギャップを解消とネットの掲示板に書き込んでる人は、それが起これば(多分だけど)自分自身に返って来る事を忘れないでほしい。
    そして、だからと言ってストライキを薦めるワケではなく、「俺には関係ねぇ乙」と嘘ぶきながら次の手を虎視眈々と考えていてほしいと思うのだ。


    尚、今回のデフレギャップが生まれる理論はあくまで考察です。ただ反論は歓迎です。

    ※2
    デフレギャップの定義を間違えてる可能性がある。
    教えてgooで見たモノだったはずだけど、簡単に分かるものにはこういうデメリットもあるかもね~
    【2010/04/24 22:00 】 | 政経 | 有り難いご意見(0) | トラックバック(0)
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